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Bernie Williams

生え抜きのヤンキース選手であるバーニー・ウィリアムス。日本でも松井の移籍以降ヤンキース戦の放送が 増えて我々に素晴らしい活躍を見せてくれている。そんなバーニーは実は本格的ミュージシャン。 サンファンの音楽学校を卒業し(ちなみに大学はプエルトリコ一番のプエルトリコ大学-UPR-の生物学を 専攻して卒業)、野球選手となった今も試合前にはロッカールームでギターを弾いているとか。そして 待望の CD発売。そのリリースを記念してライブが7月13日にシカゴで行われた模様。その翌日、 プエルトリコ地元紙Primera Horaに掲載されたバーニーとのインタビューを訳しました。バーニーの気さく な一面がよく出ています。
ところで、巷では「トリビアの泉」という、へぇ〜って知識が流行っているみたいですが、 バーニーに関しても面白いエピソードが。バーニーは子供のころプエルトリコのリトルリーグでプレー していたわけですが、ちょうど同じ時代に同じくプエルトリコのスター選手フアン・”イゴール”・ゴンザレスも プレーしていました。そこでヤンキースのスカウトが”プエルトリコにすごい少年がいる”という イゴール・ゴンザレスの評判を聞きつけて彼のトレーニングを見に来ました。そしてちょうどその時、 偶然バーニーも同じグランドでトレーニングしていて、その姿を見たヤンキースのスカウトは、 ”素晴らしい選手だ。こっち(バーニー)の方が良いよ。”と一目ぼれ。そしてバーニーの17歳の誕生日 にヤンキースと契約の運びとなりました。もし、あの時バーニーがそこにいなければ・・・・今ごろヤンキースの センターはイゴール・ゴンザレスだったかもしれません。

Primera Hora(以下PH):ヤンキースの最初の試合とミュージシャンとして知られることになった 昨夜と比べるとどう?

Bernie Williams(以下BW):緊張していた点については非常に似ているよ。以前、初めて演奏を したときは腕が重く感じたんだ。その時は時間が経つのが非常にはやく感じた。一方、最初のヤンキース での試合はヤンキースタジアムだったんだけれども、まるで足におもりが付いているような感じだったよ。 でも昨日の演奏は落ち着いて演奏できたね。僕が作曲した曲だったから。たぶん野球選手としてのデビュー戦 より少しはリラックスできたと思う。

PH:作品を作るにあたってルベン・ブラデス(注1)とヒルベルト・サンタ・ロサ(注2)に 協力をお願いしたの?

BW:実は、ルベンに父への曲(Para don Bernie)の詞を書いてほしいと話したんだ。じゃぁ彼は、 「この曲は詞はいらないんじゃないか?ギターの音がよく出ているし情熱を感じるから。」って言って、 でも、”Salsaen mi”を聴いたときに少しコーラスを加えたいと言って、それでヒルベルトを呼んで コーラスを録音したんだ。

PH:あなたの音楽にはどういう音楽が影響してるの?

BW:小さいころからたくさん音楽を聴いていた。サルサをね。ファニア、エル・グラン・コンボ、 ラロ・ロドリゲス。そのうちに本格的に勉強するようになって、ベートーベンやモーツアルトのような クラシックを聞き始めた。だからいろんな音楽のミックスだね。それからジャーニー、ボストン、カンザス なんかのロックも聴くよ。

PH:お父さんはどんな人だった?人間的、遺伝的にどういうところを受け継いでる?

BW:僕の顔は父とおんなじだよ。父はおとなしい性格で僕もそうだ。それから父は誰かに命令すること ができない人間で、たぶん僕はそこを受け継いでるんだと思う。”嫌だ”ということが言えない性格なんだ。 もしこの父じゃなかったら僕は野球をしていなかっただろう。いい父で、基本的なことを教えてくれたし、 さらに色々成長することにも助けてくれた。すごくしつけが厳しくて、子供のころはよく理解できなかった けど、自分が子供を持つ今は父のことをすごく理解できるよ。

PH:これから音楽の世界にのめりこむってことはないの?

BW:ないと思うね。これは僕の違った一面を示すよい機会だった。でも今の優先順位は野球が一番。 野球を引退したらその道を追い求めることもあるかもね。

PH:ニューヨークでどうやってプライベートな生活を維持してるの?

BW:僕は注目されることが好きな人ではないんだ。今は自分の居場所にいることを感謝している。 僕はヤンキースのセンター、歴史あるポジションの選手だ。僕が思うにこの仕事は世界でも五本の指に入る くらいのものだと思うんだ。それから僕は父であり、それだけあれば自分の役目は十分だよ。

PH:バーニー、ニューヨークの人たちは君を愛している。君のことをニューヨークの一部だと 思っている。君はニューヨーカーなの?

BW:ニューヨークの街への愛は僕も感じる。でも僕はプエルトリコ人だよ。ベガ・アルタのマリカオ という地区の出身なんだ。子供のころはプエルトリコでリトルリーグにも入っていた。今ある自分自身は すべてプエルトリコのおかげだと言ってもいい。自分の人生は今ニューヨークにある。でもあっち (プエルトリコ)には家族がいて、たぶん父親としての自分の重要な仕事の一つとして子供たちに自分が どこから来たのかを教えることがあると思っている。

(注1)サルサミュージシャン。2003年グラミー賞を受賞
(注2)プエルトリコ人のサルサ歌手。最もプエルトリコ人に愛されている歌手と言ってもいい。