Morro
MLB Beisbol de Puerto Rico Flag

Menu

プエルトリコの憂鬱

 80年代から90年代の初頭、プエルトリコはメジャー・リーグへのラテン人タレントの宝庫であった。ルベン・シエラ、ロベルト・アロマー、フアン・ゴンザレス、ベニート・サンチアゴ、イバン・ロドリゲスなど多くの才能のある選手がプエルトリコを代表とする選手になった。そして彼らはプエルトリコの名前をアメリカに大きく知らしめた。しかし、これらのスターに輝きがなくなってきているのは一体何が起こったのだろう?MVP2回のゴンザレスは怪我で多くの時間をプレーせずにすごし、最も優れた2塁手のうちの一人であるアロマーは弱小チームのベンチに遠ざけられている。ファンや観客はプエルトリコの野球選手の生産能力に関して何かあったんじゃないかと疑問に思うのはまったく不思議なことではない。

 先日こういう見出しで始まる記事がプエルトリコ地元紙に掲載された。確かに昔輝いていたスター選手達はここのところ元気がなくなってきている。しかしそれは年齢的な衰えを理由に説明できるであろう。しかしこれらのスター選手に続く選手が順調に出てきているかといえば、そうとは言えないのが実情である。次のスターを担う選手はカルロス・ベルトランなどわずかであるばかりか、レギュラーで定着している選手も両手で数えられるほどである。さてこれは何が原因なのだろうか?先の記事を書いた記者はその記事の中で次のようなことをその原因の一つに挙げている。「ドラフト」である。今回はこのプエルトリコ人のドラフトと若手選手の育成に関して述べてみたい。

 まずプエルトリコ人のドラフトに関して少し説明する。(プエルトリコのことを語る際には何事にもこの点が一番重要であるが、)幸か不幸かプエルトリコ人はアメリカ人でもある。したがってメジャー各チームはプエルトリコ人を獲得したいと思ったときにはドラフトで取らざるを得ない。また、これはあまり知られていないことだがプエルトリコ人選手はアメリカの所属チームだけでなくプエルトリコの(ウィンターリーグの)チームにも保有権がある。つまりプロという意味で二重に登録されているのであるが、それではどうやってプエルトリコ内の所属チームを決めるかというと、ここでもメジャーと同様にドラフトが行われるのである。一見これはプロ選手の獲得という点では公平で問題の無いシステムのように思える。

 それでは、なぜドラフトが選手の生産能力と大きく関わってくるのかを述べよう。現在のシステムだとドラフトでは高校卒業もしくは18歳になるまで指名できない。つまり、選手として基本を築かなくてはいけない16歳から18歳の間に将来の目標としてプロ選手を意識するモチベーションを保つことが非常に難しいのである。同じラテンアメリカ人でもドミニカやベネズエラではアカデミーなどで若年時から将来プロを目標として育成されるのとは対照的である。日本ではこの年代の育成に関し高校野球が非常に重要な役割を担っているが、高校レベルで組織だったシステムが無いプエルトリコではアメリカのルールにのっとる以上、高校生は地元アマチュアチームに参加しながら数少ない練習・試合の中で自分を鍛えていくしか方法が無いのが実情だ。 また、この年代には共同生活や規律を教え込むことも重要であり、その点でもアカデミーなどは同じ屋根の下で共通の目標を持った者同士が”飢えた状態”で切磋琢磨していることは理想的であると言える。また、ヤンキースのプエルトリコ人選手であるハビエル・バスケスはプエルトリコの少年を取り巻く状況に関して記事の中でこう言っている。「最近のプエルトリコ人の少年たちは少し恵まれすぎている。遊ぼうと思ったらテレビゲームもあるし、苦労せずに楽しむことも出来る。」これはドミニカなどと比べてプエルトリコでは経済的に恵まれているため一攫千金というモチベーションが低く、わざわざドラフトの対象となる年齢になるまでプロになることが補償できないのに、そういう状況でどうやって高いレベルの選手を育成することができようか?ということを言っているのである。

 このようなプエルトリコ人のドラフトが始まったのが1989年であり、先に挙げたスター選手がメジャーと契約したのはいずれもこのドラフトのシステム以前のことである。以前は自由競争をすることで若いうちから個人がプロとしてプレーする意欲を向上させ、それがスター選手の輩出の源になっていたのであるが、やはりドラフト制度開始以降はドラフトのシステムがそれを消し去ってしまったと言えよう。参考までに2003年の開幕時の実績だが若手選手の指標となるマイナーリーガーの数を調べてみると、マイナーリーガー全体の46%はアメリカ人以外で占められていながら、プエルトリコ人が113人に対しドミニカ人1437人、ベネズエラ人793人と大きく差を開けられている。

 このような状況の中で現役選手やOBなど関係者も黙ってみているわけにもいかず、ようやく2002年に元ドジャースのエドウィン・コレアが自身の身を削ってプエルトリコ初のアカデミー「The Puerto Rico Baseball Academy and High School」を立ち上げた。ここでは15歳から17歳の少年を共同生活させ、メジャーのみならず大学にも奨学金をもらって行くような選手を育成することを目標に掲げられている。朝の7時半にミーティングがあり、午前中3時間は野球の練習、午後は高校生としての学問の授業を行って正に文武両道の少年の育成にあたっている。開校翌年の2003年にはここからメジャーのドラフトに12人の選手を送り出した。まだ実験段階のところもあるが、現役メジャー選手の援助も得ているようであり今後の選手育成の一端を担っていくのは間違いが無さそうである。

 いづれにしてもドラフト制度を続けていく以上今のプエルトリコには若手選手の育成に当たり抜本的な改革を必要としており、アカデミーのみらなず社会全体として選手を育成するためのサポートをしっかりしていくことが今後の重要課題であるといえよう。

参考:2004年のプエルトリコのプロ野球チームのドラフト1巡目選手を挙げておく。
チーム名:選手名(MLB所属チーム名)
1.マヤゲス:Luis Rivera(ANA)
2.カロリーナ:Jonathan Sanchez(SF)
3.マナティ:Brahiam Maldonado(NYM)
4.カグアス:Freddy Thon(TEX)
5.ポンセ:Chris Lugo(MON)
5.カグアス:Alex Perez(NYY)

 (この記事は、メールマガジン・Baseball Monthlyに記載されたものです。)