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Serie del Caribe 2006

 カリビアン・シリーズ 2006

 カリビアンシリーズ総括

1949年に始まったカリビアンシリーズは今年で48回目を迎えた。途中で開催が中断したり参加国が変更したこともあったが何とかここまで続いてきた。 カリビアンシリーズはカリブプロ野球連盟に加盟する4カ国の持ち回りで開かれ、大会は4カ国の総当り2回戦で行われる。 今年はベネズエラの番であり2月2日から地方都市バレンシアとマラカイの2つの球場を初めて使って行われた。

今年の各国の代表チームとしてベネズエラがレオネス・デ・カラカス(カラカス・ライオンズ)、ドミニカがティグレス・デ・リセイ(リセイ・タイガース)、メキシコがベナードス・デ・マサトラン(マサトラン・ディアー)、そしてプエルトリコがヒガンテス・デ・カロリーナ(カロリーナ・ジャイアンツ)の4チームが各国のウィンターリーグを勝ちあがりカリビアンシリーズに駒を進めてきた。

昨年は開催地だったメキシコのマサトランが地元の声援をバックに見事に優勝した。 今年のベネズエラはリーグのセミファイナルまで開催地であるバレンシアとマラカイのチームが残っていたが、優勝したカラカスがその2チームを次々と破り代表の座を射止めてしまった。 そのカラカスの4番の座を務めたのが西武ライオンズの主砲アレックス・カブレラで、カブレラはここ何年もウィンターリーグ、カリビアンシリーズに出場しており2002年、2005年、それから今大会の2006年もベストナインにも選ばれているほどの選手である。

カラカスは他にメジャー級の選手としてデトロイト・タイガースのカルロス・ギーエンがプレーしていたがカリビアンシリーズには参加せず、今オフオリオールズへ移ったラモン・ヘルナンデスが代わりに補強選手としてチームに入った。 ちなみにカリビアンシリーズでは補強選手は各チーム10人まで認められており日本の都市対抗野球のように強打者が入っているのが普通である。

毎回優勝候補に挙げられるドミニカだが今回は補強選手としてデビッド・オルティス、ウィリー・モー・ペーニャに参加の打診をしたが、結局メンバーに入ることはできず前回より更に小粒なメンバーとなった。 しかし西武のカブレラと同様ドミニカからはオリオールズのミゲール・テハーダが毎年参加しており昨年発言したカリビアンシリーズ引退の意思をあっさり撤回し今年も母国のためにプレーした。

それでは大会の総括を述べる。

結果は地元ベネズエラが6戦全勝で優勝しベネズエラとして通算6度目、代表チームのカラカス・ライオンズは2度目の栄冠を勝ち取ることができた。 試合の勝敗だけをみるとベネズエラ、ドミニカ、プエルトリコ、メキシコがそれぞれ格下の相手には星を落とすことなく6勝、4勝2敗、2勝4敗、6敗の順に収まったが、実力的にはドミニカとプエルトリコの間にはかなりの差があったように感じた。

筆者が独自にとった統計からこの大会を象徴する面白い結果が得られたので紹介したい。 得点圏(2塁)にランナーを進めることができたイニングとそのうち得点できたイニングの率であるイニング得点圏生還率を集計した。 結果は、ベネズエラ(22/32)、ドミニカ(22/31)、プエルトリコ(14/30)、メキシコ(11/22)である。 ベネズエラとドミニカは6試合×9イニング=約54イニングで約30イニング以上を得点圏に進めることができ、そのうちの約2/3を得点に結びつけることができた。 これはかなり高い率と言えよう。 プエルトリコはベネズエラ、ドミニカとほぼ同じ数だけのイニングを得点圏に進めながら得点できたイニングは8イニングも少なかった。 これはここ一番でのタイムリーが欠乏していたことを示している。 メキシコは得点圏に進めること自体が他のチームに比べて少なく結果的に得点できたイニングもベネズエラ、ドミニカの半分だった。

このようにこのデータから上位2チームは効果的に点を取っていたことがよくわかり実際筆者が試合を見た印象もそのように感じた。 しかし試合としては全12試合のうち2点差以内の試合が7試合もあり、球場で見ている観客にとっては面白かったのではなかろうか。

次はチームごとのコメントを述べる。

まずベネズエラから。 昨年のカリビアンシリーズの総括(第7回参照)でキーワードは「メキシコとベネズエラの台頭」と書いた。 昨年はドミニカに連勝したメキシコが優勝し今回もドミニカに連勝したベネズエラが優勝した。 これは単に開催国のアドバンテージというだけでは説明がつかないだろう。

今大会ベネズエラはとにかくチャンスでよく打った。 また1戦目からラモン・ヘルナンデスのサイクルヒット、2戦目はマルコ・スクタロの満塁ホームラン、 3戦目はアレックス・ゴンザレスの逆転ホームラン、4戦目はアレックス・カブレラのサヨナラヒットと、 日替わりで主軸打者が仕事をしたのが勢いにのれた原因だろう。 特にラモン・ヘルナンデスはリーグ戦のプレーオフからカリビアンシリーズまで4〜5割の高打率を維持した (ちなみにラモン・ヘルナンデスは前回のベネズエラ開催の時も.526を打っている)。

それから投手陣も対ドミニカ以外に取りこぼさなかったのも大きい。 またリリーフピッチャーのフランシスコ・ロドリゲスもシリーズ用にエンゼルスから二日連投することの許しを得るなど投打にわたりメジャー選手が核となったのが大きかった。

また観客の盛大な声援もベネズエラ優勝を後押ししたのは間違いない。 今回のベネズエラの状況をわかりやすく日本プロ野球で説明するとこのようになる。 アジアシリーズが甲子園とヤフードームの共催で行われることが決まっている年に巨人がリーグプレーオフで阪神を日本シリーズでソフトバンクを倒して代表になったようなものだ。 今回の代表だったカラカス・ライオンズは首都のチームで人気チームであるがゆえにどちらかというと憎まれ役だ。

それが開催が決まっている球場を本拠地とするチームを次々破ってリーグ優勝したのだから、 球場の地元のファンにとってはあまり好ましい状況ではなかったはずだ。 しかしあまりにも感動的な試合内容と17年ぶりのベネズエラ優勝に向けて観客のみならず国全体が一体となって応援していたのは十分感じ取ることができ、それが選手の励みになったのは間違いない。 この優勝でベネズエラが一段上のレベルに上ると今後はドミニカと並び常に優勝争いできるポテンシャルを持つだろう。

ドミニカはウィンターリーグの世代交代の時期を予感させた。 ラファエル・ファーカル、デビッド・オルティス、ラウル・モンデシー、トニー・バティスタというところが退き、今回はMLBの若手プロスペクトがスターティングラインアップに入った。 アンダーソン・ヘルナンデス、エリック・アイバー、ナポレオン・カルサード、ハンリー・ラミレス、メルキー・カブレラ、アレクシス・ゴメスと80年代生まれが顔を揃えた。 ここまでくると毎年参加しているテハーダもさすがに少し居心地が悪かったのではなかろうか。

しかし若いだけあって最終戦でもいくつかの致命的なエラーがあった。 ライト前ヒットをライトがダイブして取れずタイムリー3塁打にしてしまったり、一二塁間の狭殺プレーを連携不足でアウトにできなかったり、 最後の優勝を決められたプレーもエリック・アイバーが落下点に早く入りながらレフトとの連携が上手くできず、 頭に当ててサヨナラのホームインを許してしまった。

しかしドミニカが一貫して見せた取られたら取り返す野球のポテンシャルはかなり高いものがあり、 今後のこれらのプロスペクトたちの成長如何ではメジャーでの活躍が大いに期待できることを予感させた。

プエルトリコとメキシコはただ参加しただけと言ってもいいほど試合内容に見所が無かった。 唯一の注目点はメキシコのエドガー・ゴンザレスが8打席連続ヒットの記録を作ったことだろう。 メキシコは前回優勝チームのマサトランだったが主軸にメジャー選手の入っていない打線では、 得点能力が無さすぎた。

次にベネズエラを17年ぶりのカリビアンシリーズ制覇に導いたカルロス・スベーロについても少し述べたい。 スベーロは1972年6月15日生まれのまだ33歳の監督であり、 主砲のアレックス・カブレラより1歳年下の”青年”と言ってもよいほどの年齢である。 野球歴としては1991年にカンザスシティ・ロイヤルズと契約したが、5年間のマイナー生活の後現役を引退しその後指導者としての道を歩き始めた。

2001年にテキサス・レンジャース傘下のルーキーリーグのチームから監督を始め2004年にはAのチームでプレーオフ進出を成し遂げた。 その後も着々と監督としての実力をつけ2006年からは同じくAのベーカ−ズフィールド・ブレイズで指揮をとることが決まっている。 ウィンターリーグでは2000年からコーチとしてカラカス・ライオンズの一員として働いていた。 そんな折、今シーズンチームは前半不振にあえぎ、その責任を取る形で監督のオマール・マラベ氏が12月に解任されてしまった。

昨年プレーオフファイナルまで進んだ監督でも名門チームでは一度の不振で首を切られてしまうのはプロスポーツの世界ではどこも同じだ。 後任として監督を任されたスベーロだが交代後チームは一気に本来の勢いを取り戻した。 スベーロになってから14勝5敗という好成績を残しリーグ2位ながらでプレーオフに進出することができた。

その後もあれよあれよという間に勝ち続けカリビアンシリーズもベネズエラ勢として史上初めて無敗で制覇する偉業を成し遂げてしまった。 大会後のインタビューでスベーロは「名門の名を汚さぬよう必死だった。」とプレッシャーを感じていたことを認め、「選手と年齢が近いので互いに100%理解するまで本音で話しあった。」と選手の掌握術を明かした。 昨年のMLBでは青年(?)ベネズエラ人監督のオジー・ギーエンがワールドシリーズを制したが、カリビアンシリーズでも更に若いベネズエラ人監督が栄冠を手にしたことはベネズエラ時代の到来を実感せざるを得ない事実であろう。

最後に政治的な話を少し。 このように野球では近年勢いがあるベネズエラも政治・経済的には非常に不安定な状況が続いている。 例えば、カリビアンシリーズの賞金はドルで支払われなければいけないとの規定になっているが、現在ベネズエラ政府は通貨ボリバルからドルへ両替することを認めていない。 この件に関して大会期間中であるにもかかわらず支払方法をどうするか思案中であるとの記事が掲載されていた。 (ちなみに今回のカリビアンシリーズの賞金は優勝チームに7万2千ドル、準優勝チームに5万8千ドル、 最優秀選手に5千ドル、最優秀ピッチャーに5千ドルが支払われる。)

また政治的な面では2月2日がベネズエラのウーゴ・チャベス大統領の就任7周年にあたった。 もともと反米の色を非常に強く出していたチャベス大統領だが、先日のアメリカとベネズエラ間に起こった大使館員国外追放問題を受け、丁度カリビアンシリーズの期間中に大々的な反米キャンペーンを行った。 これにはさすがのラテンアメリカ各国のメディアも「ここはキューバかイラクか?」と驚いた様子で、表には批判する記事は無かったが日々の地元ニュースから受ける衝撃はかなりのものだったようだ。

今回からWBCの影響なのかMLB.comが多くのスペースを使ってカリビアンシリーズの情報を載せていた。 アメリカからクルーもたくさんベネズエラに取材に行っていただろうがベネズエラ政府側はアメリカの象徴であるMLBに対してさすがに抗議行動は無かったようだ。 しかしMLB.comのFastCastでおなじみのケイシー・スターンがカリブの陽気な雰囲気を満面の笑顔でリポートしている動画がMLBの公式サイトで配信されていたが内心は穏やかではなかったであろうことは容易に想像できる事実である。

さて来年、2007年のカリビアンシリーズについて少し情報を述べる。 持ち回りの順番から次はプエルトリコの順番だが一悶着の挙句一応プエルトリコ開催は連盟で承認された。 しかしながら連盟はプエルトリコのウィンターリーグの盛り上がりや観客数に対して一層の努力が無い場合は他の開催地に変更することもありうるとの通達があった。 ウィンターリーグの観客動員に悩むプエルトリコには抜本的な改革が必要であろう。

また来年からキューバとニカラグアをカリビアンシリーズに参加させようという動きがあった。 客観的な予見では今回のWBC同様に賞金の問題でキューバの参加ははさすがに難しそうだがニカラグアについてはおそらく承認されるであろうとのこと。 確かに5チームにして各日1チームの休息日を作るのは選手の休養のためにもいいことであろうし新たなマーケット開拓になるのは間違いないであろう。

 (この記事は、メールマガジン・Baseball Monthlyに記載されたものです。)